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ゆるりと☆漫画で戦国時代

戦国武将にまつわる逸話をゆるーく、漫画にしました☆マイペースに更新してます♪

逸話☆伊達 政宗&直江 兼続☆兼続と政宗、久しぶりの再会・・・

伊達 政宗 直江 兼続

伊達政宗直江兼続が再会!その時兼続は・・・

 

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直江兼続伊達政宗に対して凄まじい煽りスキルを発揮。

 

これも有名な逸話ですね(∩´∀`)∩

直江兼続、すごく遠まわしで嫌味ですね(´∀`)w

天地人こと直江兼続こと妻夫木聡さんは爽やかなのに。w

 

こういう逸話を見ると、史実の直江兼続って性格ひねくれてるのか?と思ってしまう・・・・(゚∀゚)w

言わなくてもいいのに・・・みたいなこと言わずにいられないタイプだったんだろうか?w 

結構勝気で強気な性格のような気がします(*´з`)

 

直江兼次上杉景勝に仕えるいち武将なわけですが、

伊達政宗は大名ですからね(´゚д゚`)

よくこんな事言えたなとww

 

 

関ヶ原の戦いの前、徳川家康直江兼続属する上杉家に「謀反企んでるだろ!」と

いいがかりをつけられた時も

 

「謀反なんて企んでませんが?やんならやんぞ!かかってこいや!」的な返答をしてますし('ω')・・・(ざっくりww)

 

 世に有名な【直江状】、ですね(∩´∀`)∩

家康に宛てたクッッソ長い煽り書状ですw

 

しかし直江兼続はとても有能な武将だったそうなので、こんな事を言われてもなんだかぐうの音もでないような気もしますw

あの豊臣秀吉も、直江兼続を自分の家臣にしたくて色々と画策していたそうです(´ω`)

兼続は上杉景勝一筋だったようですが(´ω`)

 

 

そして伊達政宗って有能なはずなのに変な逸話多いから、私の中でネタキャラのようなイメージしかないです。w

愛すべき戦国武将ですね(´∀`)w

 

 

 

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逸話☆長宗我部 元親☆豊臣秀吉へのプレゼントは・・・

長宗我部元親

四国の覇者であった長宗我部元親豊臣秀吉に贈ったものとは・・・

 

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まさかのクジラをまるごと贈った長宗我部元親 ・・・

 

斬新なプレゼントですね(∩´∀`)∩w

 

四国の大名といえば長宗我部元親!!ですね(´∀`)

四国を統一してすぐ、豊臣秀吉に臣従することとなり、

四国の多くを没収されたのは本当にかわいそうとしか・・・(´;ω;`)

 

元親は天下への野望を持っていたそうです。

当時、政治の中心が京であったことを考えると、やっぱり四国とか九州、北陸の方はなかなか不利になっちゃいますよね(´゚д゚`)・・・

 

織田信長には 鳥無き島の蝙蝠 なんて言われちゃってます(´゚д゚`)

井の中の蛙大海を知らず と同じ意味ですね。

四国の中だけでいきがんなよ、てめぇは知らねぇだろうが外にはもっと強いやついっぱいいるんだよと・・・

 

こんな言われ方してる長宗我部元親ですが、

四国統一の偉業は相当なもんです。

四国はもっと長宗我部元親を推していけばいいんです!w

土佐に2回だけ行った事ありますが、坂本龍馬のほうが推されてるではありませんか!w

 

それにしても土佐はめちゃくちゃいいところでした(∩´∀`)∩w

私の住処はそんな簡単に行ける距離ではないので滅多に行けないのが寂しいです(;O;)

 

中でも、ひろめ市場という色んなお店が集まった大衆居酒屋(?)がお気に入り(*´з`)

お寿司やかつおのたたき、ゆずサワー、美味しかったなあ・・・(∩´∀`)∩

なによりあのたくさんの人がいてワイワイとした雰囲気が最高!

 

 

そして観光してて、適当にみつけて寄ってみた神社が、長宗我部元親が建設したもので長宗我部元親銅像もあってテンションあがった思い出・・・w

 

 

 

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雑談★ずっと思ってた、豊臣秀吉の肖像画のこと・・・

雑談(no漫画)

 

豊臣秀吉肖像画についてずっと思ってたこと・・・

 

数日ぶりの更新にしてすごくどーでもいいくだらない疑問。w

 

いっつも思ってたんだ、

 

手、ちっちゃい・・・・

あと足も・・・・w

いや、体がでかいのか?w

 

 

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ほら、ほらコレ、

絶対等身おかしいでしょう?w

ただでさえ低身長で瘦せていたといわれている秀吉様がキャプテンつばさ並みの等身に・・・w

 

 

さっそく、解明していきましょう!

 

 

①絵師さんがちょっぴり絵がお下手で・・・

体のデッサンがうまくとれなかった

 

②小柄だった秀吉「ちょっと大きく見えるように描いて?盛って?」

と注文をつけた

 

③特に秀吉サイドからは何の注文もなかったけど、絵師さんのお心遣いで、

威厳たっぷりに見えるように絶妙に体をふくらまして描いた

 

④この時秀吉が着ていた服に肩パット的な体を大きく見せるためのアイテムを装備していた

 

⑤そもそも私の肉体抽出が間違っている

 

 

 

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↑いや、この二枚目だとしても身長高すぎ・・・(´・ω・`)

秀吉様、盛りすぎですよ!

 

 

しかしながら、すごいどうでもいい話題でしたね(´゚д゚`)w

おそらくありがちな③番でしょう。w 

 

 

 

 

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逸話☆伊達 政宗&細川 忠興☆おしゃれな政宗が欲しがったものは・・・

伊達 政宗 細川 忠興

戦国一のファッションリーダー、伊達政宗細川忠興におねだりしたのは・・・

 

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細川忠興の家紋【九曜紋】!

のちに伊達家の家臣、片倉小十郎のものとなってしまいました。w

 

ひどいヤローですw

 

そもそも、伊達政宗の家紋の【竹に雀】・・・

めちゃくちゃカッコイイんですよね。

 

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・・・九曜紋、いる?w 

 

ちなみに関ヶ原の戦いでもおなじみ、石田三成も、九曜紋を家紋として使ってたみたいです(∩´∀`)∩

石田三成といえば【大一大万大吉】が有名ですよね。

石田三成といえばコレ!!って感じです!

 

一人がみんなのために!

みんなは一人のために!

そうすればみんなハッピー!!

 

ってなところでしょうか。

小学生並みの意訳ですね。w

 

 

家紋といえば本当に色々な種類、数、デザイン・・・

奥が深いです。

白黒で描かれるシンプルなものではありますが、

かなりハイセンスでめちゃくちゃオシャレだと思うんですよ(´∀`)!!

日本がほこる文化ですね(∩´∀`)∩

 

結構日常で家紋って見かけるので、居酒屋とか建物とかに知ってる家紋があったら

「おっ!」っと嬉しくなってしまったりもします( *´艸`)w

 

 

そして余談ですが、私の家の家紋はどんなものだろうと親にきいたところ、

丸に線がひいてあるシンプルなもので、ものたりなくてがっかりした思い出がありますw(同士の方、ごめんなさいw)

 

 

逸話☆森 長可☆鬼武蔵、あやしい老人を追う

森 長可

森長可、酒飲みの老人を追う!

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鬼武蔵に目をつけられた不幸なスッポン・・・

 

どんなシチュエーションでも期待を裏切らない鬼武蔵様の逸話でした。

「まさかスッポンだったとは(´∀`)ははは」  とはならないんですね。

殺っちゃうんですね、鬼武蔵は。

この「なにか問題でも?」感(´゚д゚`)・・・w

 

このどんな逸話でもブレない強気な姿勢が森長可の魅力なんです(∩´∀`)∩!!

 

おそらく作り話であろうこの逸話(オイ)、森長可の人柄がよくわかりますよね。

実に粗暴。www

スッポンからしても「そんな理不尽な」ってなりますよね(;'∀')

この強気な姿勢が森長可の魅力なんです(∩´∀`)∩(くどいw)

 

 

それにしても、こういう「んなわけあるかい」的な非現実的な逸話はなにがきっかけで生まれるんだろう・・・w

 

 

そして自分の画力に泣けますね。

もうちょいスッポンどうにかなっただろうに。w

 

 

 

 

 

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逸話☆織田 信長☆ へし切長谷部の由来・・・

織田 信長

織田信長のいわくつきの刀、

へし切長谷部の由来・・・

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半端ない切れ味「へし切長谷部」

 

近年、刀剣乱舞というゲーム(詳しく知らないけどゲームであってるのか?w)の人気もあり、この「へし切長谷部」の知名度がギュンとあがってきていることでしょう( ◠‿◠ ) !

刀の擬人化なんて斬新。w

 

 

にしても棚ごと斬られる茶坊主は一体なにをやらかし信長を激怒させたのか・・・w

 

信長も信長だよ。

棚ごといかなくてもヘルプ呼んでひきずりだすとか色々やり方はあったでしょうに(´・ω・`)

 

いや、これは信長が信長であるためのパフォーマンスもかねての所業だったんだろう。

 

信長ってけっこう部下のちょっとしたミスに厳しい気がします。

料理人がだした料理がまずくて「死ね!!」ってな逸話もありますし・・・(´゚д゚`)

 

第六天魔王の名は伊達じゃないですね(*´ω`)w

 

 

 

 

 

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雑談★大阪冬の陣、夏の陣に至るまで・・・

雑談(no漫画)

 

2016年 大河ドラマ 真田丸!!

終わりに近づいてきましたね(*´ω`)

 

今日は真田幸村が有名になったきっかけでもある、大阪冬の陣、夏の陣までの経緯をまとめてみした。

 

大阪冬の陣

夏の陣

 

といえば戦国時代の最後を飾る戦ですよね!

 

2回にわたり行われた大阪でのこの戦は、天下分け目の関ヶ原の戦いの約14年後の出来事です。 関ヶ原の戦い といえば、

 

 

豊臣秀吉死んだ!よっしゃ徳川が天下を取るぜ、な徳川家康
 
VS
 
そうはさせるか!豊臣家の天下は俺が守る、な石田三成
 
 

というイメージだったんですが、実際はちょっと違ったんですよね(´゚д゚`)

ざっくりいえば、 豊臣家に臣従してる者たちによる盛大で複雑な大喧嘩といったところでしょうかw

 

もともと秀吉の部下たちの間で派閥があり、家康はそこをうまいとこ利用し両者の間で戦を起こさせたんですね( ◠‿◠ ) ・・・

最初っから家康は天下を狙っていて、 三成はそれを阻止すべく家康と対立していきます。

 

 

石田三成 「家康め、秀吉様が死んだとたん好き放題しやがって・・」

 

宇喜多秀家 「絶対天下狙ってるよね。やりかたがこすいわ」

 

小西行長 「秀頼様はまだ幼い故、我々が豊臣家を守らねばッ!!」

 

大谷吉継 「みんな!家康に騙されるなよ!!あいつは豊臣をつぶす気だッ!!」

 

・・・・・

 

徳川家康 「ひどい・・ワイそんなつもりないのに・・秀頼様の為に色々と、自分なりに考えて働いてるんやで?(いいぞいいぞ!戦になるぞコリャ~!)」

 

加藤清正 「家康さんこう言ってんぞ!家康さんができる男だからって嫉妬してんの?まじで三成嫌い。豊臣家の代表ヅラして仕切んじゃねぇよ」

 

福島正則 「秀吉様もお亡くなりになったしこれを気に三成殺してクリーンな豊臣家にしようぜ!」

 

徳川家康 「みんな落ち着いて!ワイは気にしてないからさっ!さあ皆で仲良く豊臣家を盛り上げてこうぜ!(三成嫌われすぎwwやりやすい!)」

 

黒田長政 「懐でけぇ!カリスマ性半端ないぜ!これからは俺、家康様についてくぜ!!」

 

徳川家康 「ありがとうみんな!てかさ、上杉家が豊臣に対して謀反を企んでるらしーよ?ワイが詳しく聞いとくわ(∩´∀`)∩!(上杉は三成と仲いいからつぶさないとね~)」

 

 

・・・・・

直江兼続 「上杉家は謀反なんて企んでませんが?どこかの誰かさんと違ってね(´◉◞౪◟◉)」

 

上杉景勝 「文句あんならかかってきな?受けて立つぜ(´◉◞౪◟◉)」

 

石田三成 「家康の野郎!俺の友人になんていいがかりを!もう限界だし成敗しなきゃ<`~´>!!!!!」

 

 

関ヶ原の戦い勃発!!!!!!

 

こうして起こった関ヶ原・・

そして勝利を得たのは家康側です!

 

しかし、勝ったはいいが、このままではまだ、天下は豊臣家のままです。

 

徳川家康が天下人!!」

 

となるには、なんとしても秀吉の子、秀頼の権力を削いでいかねばならんのです。

まだ秀頼はこの時幼かったため、事実上のトップは家康なんですがね( ◠‿◠ )

冬の陣が始まるまで14年間・・長いですよね(´゚д゚`)

 

さすが、

 

 鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス 

 

家康さんです。

この14年間、家康は依然として秀頼に忠誠を誓う形で過ごしてきました。

 

うかつに秀頼を蹴落とすようなことをすれば、関ヶ原で味方してくれた豊臣恩顧の武将もだまっちゃいないでしょうからね|д゚)。。

 

それにまだ、前田利家という家康にひけをとらない権力者がいたので家康も慎重にならざるを得なかったんですね(;´・ω・)

前田利家家康みたいに天下とりでギラギラしてたわけじゃなかったみたいですが・・・

 

そうして月日が流れていき、流れがかわります、

家康、すごいことになりました・・・、

 

征夷大将軍任命!!!!

 

トップです。 武家のトップ!!!

これにより。秀頼は明確に、家康より下の存在になってしまいました。

徳川の名が天下一となったのです。

 

もはや豊臣家の権力は下火、徳川につく者も多く、 秀頼豊臣家が再び頂点に立つことを諦めなければなりませんでした(´・ω・`)

そしてその後、家康は2年ほどしてすぐに将軍の権威を息子の秀忠に譲ります。

 

 

秀頼 「待って待って?家康の息子が将軍?ずっと徳川が将軍?大人になったら僕が天下人のはずだったのにおかしくない(´;ω;`)?」

 

家康 「息子が将軍になったで!秀頼くん、祝いに来て?」

 

秀忠 「どうも僕がNo1です(´◉◞౪◟◉)!挨拶しにこいよッ?」

 

淀殿(秀頼母ちゃん) 「いかなくて良いのよ!!徳川家の天下なんて絶対に認めないんだから!!」

 

家康 「へぇ・・・来ないんだ?武家の中で一番偉い人のお願い聞いてくれないんだ?みんな来てくれてるのに    ねぇ・・」    

 

 

~~~数年後~~~

 

家康 「どうもNo1の徳川です(´◉◞౪◟◉)秀頼君!ここ数年会ってないしワイんとこに会いにおいで?」

 

淀殿 「行かなくていいの!!会いたきゃオマエが来い!!徳川何様よヽ(`Д´)ノ!!」

 

加藤清正 「今回ばかりは行かなきゃダメです(´;ω;`)逆らったらこれを機に攻めてきますぞ!悔しいけどもう誰も徳川家にはかなわないんです・・・(´;ω;`)」

 

秀頼19歳 「行くよママ(´ω`)・・・豊臣家が滅ぶよりマシさ・・・」

 

 

~~~そして~~~

 

豊臣秀頼19歳(身長約2メートル巨漢) 「ごぶさたしております(´ω`)」

 

家康 「おおぅ・・・久しぶりやん・・・・・(でけえええええ!!!!!!強そう!!!!!なにこの威圧感ヤバイ!!!!!しかもなんか聡明で知的なオーラでてる!!!!!)」

 

豊臣秀頼19歳(身長約2メートル巨漢) 「(僕のプライドはボロボロさ・・・(´ω`)でもこれで豊臣家は救われたんだ・・・(´ω`))」

 

家康 「(今日来てくれたらワイの勝ちで決着つけるつもりだったけど・・・コイツの未知の可能性やばすぎる・・・)」

 

家康 「(絶対近いうちに滅せねば・・・・・・・)」

 

 

 

数年ぶりに会った秀頼が、あまりにもたくましく成長しており家康はビビったのでした(∩´∀`)∩

 こうして豊臣家をつぶすための大阪冬の陣へとつづくのであります・・・

 

 

本当はこの流れを漫画に描きたかったのですが収集がつかなくなりそうで断念。w

ゆるーく、マイペースにやってきますww

 

 

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