ゆるりと☆漫画で戦国時代

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伊達政宗&直江兼続の殺伐としたエピソード!政宗のお宝自慢in聚楽第!

 

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伊達政宗直江兼続、身分も違えば性格も違う二人のとある日の出来事・・・

漫画!政宗のお宝自慢に兼続は・・・

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伊達政宗&直江兼続の殺伐としたエピソード!政宗のお宝自慢in聚楽第

 

直江兼続はめちゃくちゃ嫌味な人?

前も似たような嫌味逸話漫画を載せましたが、直江兼続はどうも伊達政宗が嫌いみたいですね。笑
 兼続は政宗より7つほど年上です。しかしながら、自身が大名の伊達政宗と大名、上杉景勝に仕える直江兼続では断然、身分は政宗のほうが上なわけです。
 
にもかかわらずこんな失礼な事をいえちゃうのはとても肝の据わったお方です。
周囲も「うわぁ・・・」ってな感じでヒヤッヒヤだったかもしれません。
 この時の上杉景勝の反応が気になるところです。
「すいません、ウチの子が失礼なことを・・・」
みたいなやりとりはあったんでしょうかね?笑
 
上杉謙信のようなレジェンドの軍配を握っていた兼続は、それなりにプライドも高かったのかもしれませんね。
チャラついて自慢してくる政宗がよっぽど鼻についたんでしょう。笑 

 

秀吉の作った豪華絢爛な聚楽第 

今回の兼続嫌なやつ事変の舞台となったのは豊臣秀吉が京都に建てた聚楽第という場所です。
聚楽第」と書いて「じゅらくてい」もしくは「じゅらくだい」と読みます。
 
天下統一の夢を叶えた秀吉の権力と富の象徴といえる聚楽第はそれはそれは豪華だった事でしょう。
屏風に描かれている聚楽第の瓦なんかは金ピカですからね・・・
 
しかし、とんでもない金額が投資されたであろう聚楽第、悲しい事に建設されてからわずか8年ほどでなくなってしまいました。
 秀吉はしばらく自分が住んだ後、甥っ子の豊臣秀次に関白の職と聚楽第を譲ったのですが秀吉に実子が生まれると、秀吉は手のひら返したように秀次を悪者にして追いやっていきました。
そして、秀次がなき者となったあと、聚楽第も消滅させてしまったんですね。
 豊臣の繁栄を象徴だった聚楽第がこんな理由で秀吉自身の意思で消えてしまうとはなんとも寂しい最後です。
 
伊達政宗直江兼続など、名だたる大名や武将たちが集まり楽しい時を過ごした聚楽第、今は形はないですが、聚楽第跡として石碑がたっております。

聚楽第跡地、いってみようかな、なんて方はこちらのサイトを是非ごらんください。

京都観光Navi:聚楽第跡 

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